渋沢史料館 青淵文庫・晩香蘆と特別展「渋沢平九郎」

真夏の休日、東京都北区・飛鳥山公園の一角にある渋沢史料館を訪れました(平成30年8月下旬、入館料300円、月休・年末年始休・不定休あり)。

ここは、実業界の巨人・渋沢栄一の飛鳥山邸跡(S20年の空襲で、青淵文庫と晩香蘆を残して焼失)。
史料館受付で入館料を支払い、まずは青淵文庫(せいえんぶんこ、国重文)へ。

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1階・閲覧室のステンドグラスが一番の見所です。

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2階・書庫への階段も、優雅な曲線を描いています。
※2階は非公開。青淵文庫内の写真撮影は、閲覧室内と階段下のみ可能です。

なお、「青淵」とは栄一の号。文庫内には随所に、渋沢家の家紋に由来する「柏の葉」がデザインされています。

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続いて、晩香蘆(ばんこうろ、国重文)へ。
一種の「洋風茶室」です。
変わった名称の由来には諸説あるようですが、「バンガロー」の音に当てたという説が面白いと思いました(JTBパブリッシング「元勲・財閥の邸宅」p111より)

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淡貝を用いたステンドグラスやランプシェードが見所です。
ただ、残念ながら晩香蘆内は撮影禁止。
職員の方から助言を頂き、ランプシェードは窓の外から撮影することができました。

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史料館に戻ります。
栄一に関する通常展示の他、特別展「渋沢平九郎」が開催されていました(平成30年12月9日まで)。
平九郎の佩刀や遺書(障子書)などが展示されています。

渋沢平九郎は、栄一の従弟であり養子です。
幕末の慶応4年(1868年)、飯能戦争で新政府軍と戦い敗れ、20歳の命を散らしました。
自刃の地は埼玉県越生町で、橙は中学生の時分に訪れた記憶があります。

それにしても、栄一の栄光に満ちた人生に比べ、余りに無残です。

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(写真は、記念写真用に立てられていた平九郎の写真パネル。史料館内では、ここのみ撮影可)。

平九郎の遺書は、「人の食を食(は)む者は、人の事に死す」という「史記」「淮陰侯(※韓信)列伝」の言葉を引用したものでした。


〔終〕

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この記事へのコメント

門仲のバーテンダー
2019年04月22日 16:45
綺麗なステンドグラスとランプシェードですね✨
2019年04月22日 17:12
コメントありがとうございます。
渋沢翁は、今般、新1万円札の肖像に採用されたので、渋沢史料館も賑わうものと思われます。

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  • 渋沢栄一ゆかりの誠之堂・清風亭

    Excerpt: 鹿沢温泉からの帰途、ふと思い立って、深谷市の誠之堂・清風亭(せいしどう・せいふうてい)に立ち寄りました。 新一万円札の肖像となった渋沢栄一ゆかりのスポットです(平成31年4月下旬、埼玉県深谷市)。 Weblog: 橙のBLOG☆弁寺弁泉 racked: 2019-05-28 16:32